counter
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

前未来的語り部

懐かしい現在

Terakoya脚本

◇設立理念

「学びたいから学ぶ」、その教育の理想かつ基本を実現するための教育機関を作ります。

まず、一つの例をお話します。
錦織圭を見て、コートを借りて、教えてもらえる。そうするとテニスをやりたいからやってみたという経験をすることができる。少なくともこの瞬間は、誰にも強要されることなく、完全なる自分の内発的動機からこの人は新しいことを学んだのだ。

さて、これはスポーツだけしか当てはまらない事例なのだろうか?
勉強でもこれは当てはまるのではないか?

例えば心理学。
ホンマでっかTVというテレビ番組がある。そこの植木先生の授業を聞けば、もう少しその分野に関して勉強してみたいと思える。
そのときに、その分野の基本を学ぶための教材があって、植木先生がいくらでも質問に答えてくれたり、「まずはこれを勉強したらいいと思う」と学習プロセスを教えてくれたら?
その時、その人は心理学について誰にも強要されることなく完全なる内発的動機によって勉強し始めることになる。

そう、そもそもなぜ大学生以下の子どもに心理学を学ぶ機会が与えられていないのか? 法律でも政治学でもフランス語でもスポーツ科学でも経済でもいい。
もちろん国数英理社という主要5科目は基礎学力となる。でも、学問はそれだけじゃない。まだ若いうちに先の景色を見てはいけないのだろうか?
テニススクールで基礎的なフォームを覚えてから、小さな大会で勝てるようになり、ある程度大きな大会で勝てるようになった者しか錦織圭の試合を見る機会は与えられないのだろうか?
今の日本の教育というのはそのような仕組みになっているように私には思える。

既存の学習塾はすべて、学校の定期試験の成績を上げ、中学・高校・大学に合格することを最終的目標として掲げている。
もちろんその中には良い先生もたくさんいる。科目の楽しさを教えたいという熱意があり、それを伝える知識と技術と経験のある先生が実際にいる。
だが、そういう素晴らしい先生に出会える人は一部しかいない。そもそも、経済的な余裕がなければそのような教育機会に触れる可能性すら持てない。
そしてそのような先生がいてもなお、既存の学習塾というシステムに内包されていると、「成績を上げること」の方が「科目の楽しさを知ってもらうこと」よりも優先順位が圧倒的に高くなってしまう。つまり「科目の楽しさを知ってもらうこと」は「成績を上げること」の従的要素であり、それに特化している場所はおそらくまだこの国において確立されていない。

勉強は「将来のため」という外的動機によりやらされるもの。
小中高生は主要5科目の教科書に掲載している内容を学ぶもの。
塾は定期テストの点数を上げたり受験に合格したりするために通う場所。
そんな常識がいつのまにかこの国の教育界にはびこっている。

これは、そんな常識を変えるために考案した一つの「システム」の話だ。

 

◇システム概要

ならば、街コンへ行こう。

 僕は恐らくINFP型の女性に宿命的な恋に落ちる傾向にある。これはもう傾向で、自分ではどうにも変えられないことなのだ。どんなに違う方向へ行こうとしても、彼女らの方向に強い風が吹き、そちらに身体が吸い寄せられてしまう。

 僕はよく「感性の合う女性」という表現をするが、それはNF型のことを指しているのかもしれない。現実空間とは違う、別のトンネルでつながっている感覚がある。そのトンネルこそが物語であり、そこに「運命」という名札がつけられる。
 運命は後付けと言われれば確かにそうなのかもしれない。トンネルがあればどのような形でだってそれはコーディネートされる。でも、トンネルは自分で作ることはできない。入り口があるかどうかですらない。トンネルの存在自体が「与えられたもの」なのである。ないときはないし、あるときはあるものだ。
 トンネルがつながったときこそが「言葉に関わって生きていきたい」という言葉を生んだ。僕が「文学的な感性」と表現したのはINFP型の感性のことだ。INTJ型の女性とは「理論的な感性」が合う。だから彼女とはとても良い友達になるが、互いの精神に独特な形でくりぬかれた穴ぼこを補完し合う関係にはならない。僕が欲しているのは「文学的な感性」でつながれる女性なのだ。
 そして、僕の願いの投影した最も象徴的な言葉こそが「言葉と関わって生きたい人間」なのだ。僕は理屈でなく、もっと芸術的でつかみ所のない抽象的な感性を自分に対しても相手に対しても重視しているらしい。それはインスピレーションと一般的に呼ぶものなのだろうか。
 
 さて、僕の求めている女性像は少しばかりはっきりと見えてきた。でも、それで答えが出たと満足していたら、作家としても男としても人間としてもこれ以上先には進めない。問題は、僕が何を求めているか以上に、彼女らが何を求めているかということなのだから。
 一体彼女たちは、何を求めているのだろう?
 三人のうち二人は寛容な人だった。一人は寛容な人ではなかった。この違いが決定的な差を生み出しているのだろうか。トンネルは確かに存在していてこちら側の入り口は開いていたのだが、あちら側の入り口が閉ざされていた。

 そもそも恋愛は要素が多すぎる。外見・ステータス・立場・タイミング。例えば、弱っているところを優しくされるだけでも惚れるかもしれないし、逆に自分を傷つけるような人のことを好きになることだってある。問題は如何に自分を偽って相手を惹き付けても、そのあとの関係性は続かないということだ。だから、自分は自分らしくするのが一番良くて、そのためには自分の人生をしっかりと進めることが必要なのだ。

 というのも、一つ前の考え方。それで答えが出たのならなぜ僕は街コンなんかに行くかなきゃならないだろう? 今は本当に自分らしい状態だ。目標もぶれていないし、日々そこに向かって近づいている。以前の考えならば、僕はもう「心から惹かれ合う恋人」に出会えているはずだ。こちらのフォームはもう洗練されている。この状態で何も変わらないのであれば、環境の方を変えてみる必要があるのではないだろうか。もちろん今後、作家として成功したり会社を開業したりすれば環境は大いに変動するだろう。
 だが、それまで一体どれだけの時間待っていればいいのだ。そんなに待っていたら僕はずっと我慢し続け、「理想の恋」に縛り付けられてしまうだろう。そして、それに裏切られることに対して理不尽な怒りを覚えるだろう。そんな不健全な状態はない。誰にとっても良いことではない。今必要なのはもっと「フィジカルな恋」なのだ。「メンタルな恋」は一旦お休み。そう休もう。大きな物語を一旦止めよう。止めるには次の一手を打つしかない。
 ここで物語を終わらせるわけでは決してない。今後はもう運命的な出会いを捨てるとか、結婚相手は誰でもいいとか、投げやりな姿勢になったわけではない。これは小説を書くときと同じなのだ。小説が書き終わって一段落ついたら一旦それを寝かす必要がある。でも、ただ引き出しにしまうだけでは結局また考えてしまうので、別のことをする。「物語から離れること」ということを意識的に行う。
 だから僕は街コンへ行く。物語を寝かせに。しばらく必要な期間物語を寝かせたあとにはきっと、これまで描き出された物語を客観的な目線で見ることができるようになっているはずだ。何が不要で、どこに力を入れすぎていて、思い入れが強すぎるが故にリズムを切り、入り口を狭めていたか。反対に、その中で本当に必要なものはなんだったのか、どこを残すべきで、どこをさらに輝かせるべきなのか。本当に美しい部分は一体どの流れにあったのか。
 これは物語を捨てにいくのでなく、物語をさらに充実したものにするための行動だ。今、きっと僕の頭は正常ではない(正常ではないのだろう)。いくら考えても、いや考えれば考えるほど作者は「読者の目線」から乖離していく。現状とれる最善策は「休みをとること」。彼女たちが求めていたことは、きっとそのあとクリアに見えてくる。
 ならば、街コンへ行こう。

自分の戦い方について

○オールアウトについて
 恐れ多さ極まるところではあるが、村上春樹が長距離走者であるならば、自分は短距離走者型の作家なのだと思う。作家といえども作品の作り方は人様々である。僕には僕に合った方法があるはずで、それを見つけるためにこの文章を書こうと思い立った。
 方法論の前に、まず非常に大切なことに気がついた。僕の残したいものは普遍的な「作品」であるということだ。陸上にあれだけオールアウトで打ち込めたのはなぜかときかれれば、それは「記録」というのが誰にも批判されることもなく、自分に言い訳することもできない普遍的かつ公平な「作品」と言える性質のものだったからだ。僕は走ることで「記録」という作品を作っていたのだ。
 小説を書く際にオールアウトで戦えているかが作家にとって大切なのだと村上はいう。村上には自身のスタイルが確立されているが、作家によってどういう対象にどのようなリズムと形式でオールアウトの戦いができるかは異なるはずだ。
 僕がオールアウトの総力戦で戦える対象は、そのような「作品=残るもの」をつくるときだ。一回一回の刹那的な「ステージ」においてはどうしても手を抜いてしまう傾向にある。それは弾き語りのライブや日曜講座の授業やBGMeetingにおいての準備の熱量と、Book Ground Musicのサイトや自分についてのアーティストサイトをつくるとき、あるいは『プレイリスト』という小説を書く際の熱量の差異において明確に現れた。
 また、リズムについては完全に短距離走のそれだ。予め決まった短い距離を全力で走りきる。短いリズムで全力を出せるし、そのような距離を走るときに最も快感を感じる。これは実際に脚を動かして短距離走と長距離走を走ってみた上でも同じことが言える。身体が好むリズムは、精神の好むリズムでもある。
 『プレイリスト』を書き上げたとき、その二週間は一切手を抜かなかった。あの時の熱量は完全にオールアウトそのものであったし、自分の全てを出し切って作品に魂を移したという確かな感触とこの上ない多幸感があった。仮に二ヶ月であればそのような景色は見えていなかったと断言できる。
 形式的な点においては、締め切りを必要とする。それは「やらされないとやらない」という受け身的な締め切りではない。むしろ他人が決めた締め切りは僕にとっては逆効果で、それが大きな力を持つのは自分が設定した(あるいは選んだ)締め切りにおいてである。かつて陸上の大会で記録更新を目指すための練習で、200メートルを30秒以内に3本走り切ると決めたら、ペースを上げろと急き立てるコーチや隣を走るライバルなどいなかったにも関わらず、僕は真冬の深夜に温かい自分の部屋から出て、まるで宇宙船から外の広大かつ孤独な宇宙空間に出ていくかのような理不尽な寒さの中に飛び出し、近所にあるトラックで、走り終わったら倒れてしまうくらいに自分のエネルギーの全てを費やして走ることができていた。『プレイリスト』も、「群像新人文学賞」という理想の応募先と締め切りを自分で選び、二週間という一般的に小説を書き上げるには極度に短い執筆期間を設定し、その期間内に少なくともそれまでの人生において最も全方位的かつ全力のエネルギーを費やして小説を書き上げることができた。締め切りというゴールラインが見えるからこそ、惜しみなくエネルギーを注ぐ事ができたのだろう。
 もう一つ形式については、「一人の勝負」ということが大切に思える。これはきっと一人っ子という自分の育った環境が影響しているのだろうが、一人で好き放題暴れられるという環境でないと、僕は本気かつ自由になれない習性のようだ。反対に複数の人と同時並行的に同じプロジェクトにぶつかっていく場合は、きっと他人に気を遣ってしまったり、甘えてしまったりしてしまう。幼い頃からチームプレイというのがどうも苦手で、どこまで自分を押していいのか、あるいはどこまで他の人の立場を尊重したり、意見を受け入れたりしていいかが肌で分かっていない印象がどうも拭いきれない。自分を押そうとすると極限まで自分のやり方を通そうとするし、他の人の活躍を尊重すると必要以上に身を引いてしまい、本来持っている力の5割程度しか出せなくなってしまうのだ。もちろん後天的な努力や経験によってその塩梅を調整していくことはできるのだろうが、少なくともそのようなことに気を配ったりしている時点で、本気になってオールアウトする機会は損なわれてしまう。やはり自分は元々シングルス向きのプレーヤーなのだと思う。だが、そうはいっても孤独で戦い続けることはできない。一人の世界で空を飛んだり、地下に潜ったり、草原を駆け回ったりしたあとに、バトンを渡したり、それを評価してくれたり、足りないとこを補ってくれたりするような「誰か」が待っていなければ、襷を渡すときに倒れ込む駅伝選手のようなオールアウトは実現できない。つまり、ミクロで見たときはシングルスなのだが、マクロ的視点からはチームプレーといった形態が理想なのだろう。小説を書いたあとに、それを読んでくれる読者や審査員の存在なくしては、オールアウトは不可能である。ここでは主にミクロの視点で自分がどうすればベストパフォーマンスを出せるかについて考えていることになる。
 形式的なことについて最後に言えることがあるとすれば、一つのことに集中するということだ。昔から器用な方ではなく、一つこれをやると決めてその事だけを考えるときに全力を出せているが、同時に多方面に気を配らないといけない状況では、一つのことに取り組んでいるときに別の領域に対する意識がブレーキをかけてしまっている感覚がある。そう考えると、「これをやる」と決めたら、その期間は他のことを考えなくていいというステージみたいなものを用意しておくと力を発揮しやすい。小説を書いた二週間は小説のことだけを考えるために、それ以外のことは一通り整理をつけておいた。

 自分がオールアウトで真価を発揮できる状況というのが見えて来た。これまでの考察を踏まえると、それは「普遍的に残る一つの作品を、具体的な締め切りに向け、短い期間内で自分一人だけの力で作り切る状況」ということになる。そのような戦い方が最も性に合っている。そのことが分かった以上、現実的には全ての分野でそのように活動できないにしても、可能な限りその形態に近づけて、最大のパフォーマンスを発揮していきたい。そしてそのようなオールアウトの状態にすることこそが、「あの世」(非現実的世界)に突入するための唯一のチケットなのである。「あの世」と「この世」を意識的に移動することができれば、僕は本当に自由を感じ続けることができるようになれるかもしれない。

 さて、ここまではフォームについての話だった。いくらフォームが美しくて、それが自分に馴染んだジェネラルなものであっても、作品に触れる他者の魂を揺さぶれるという結果が得られなければ、そのフォームの研磨も自己満足的趣味に収斂してしまう。結果を生むのは、熱意であり、技術であり、集中であり、準備である。だが、もう一つ大きくてどうしても外せない要素がある。時間だ。自分が作り上げるものに対して、あるいはその途中にある各段階においてどれだけ納得できる時間を注ぎ込んだかが、その作品の納得性に大きく関わり、ひいては時間の淘汰をかいくぐって読者の心に届き続けるクオリティーのものになるかどうかが決まるのである。「時間によって勝ち得たものは、時間が証明してくれるはずだ」と村上は言う。
 このことを踏まえ、僕自身も時間をかけることについて考えてみた。具体的に言えば『プレイリスト』を書き直すかどうかについてだ。この小説において、フォームについては完璧だったと思う。一度書き上げれば今後も残り続けていく長編小説という作品を、二週間という短い期間、「群像新人文学賞」という自分が定めた締め切りに向けて一人の総力をもって書き上げた。その事実においては誰になんと言われても何の引け目も自信の揺らぎもない。だが、こと「この作品に十分な時間をかけたか。完全に納得のいくものを作り上げたのか」ときかれたら話は変わってくる。実際に誰かにきかれたことは今まではないが、自分自身で何度もこの問いにはぶつかってきた。そして、一度も「もう十分だ。何度も読み返し、点検し、信頼できる読者に読んでもらった上でその意見を取り入れ書き直し、直すところはもうない」と自分に対して答えることはできていない。その理由は非常にシンプルで、時間をかけていないから。
 『プレイリスト』はまだ改善の余地はたくさん残されているだろうし、費やすべき時間も多く残されている。しかし、日々の生活の中で書き直していくという選択肢はない。日常の空気の中では、地下深くに潜って、かつてそれを全力で書いていたときの熱量を再現できないからだ。言うなれば「この世」にいる状態で、「あの世」に突入できていない。非日常的な熱量と空気感の中で書いたものというのは、やはり同じトランス状態の中でしか書き換える権利を持たないのである。書き上げたものを書き直すという行為は、結局のところ「もう一度書く」のと同じであり、かつての自分が誠心誠意書き上げたものより優れた文章を書くには、もう一度同じようなオールアウトできる環境に身を置かないと、作品は改良されるどころか、クオリティダウンしてしまうことになってしまう。
 そこで、僕が作品に対して納得のゆく時間をかけ揺るぎないものに仕上げるには、「ある程度期間を置きながら短距離走を繰り返す」という方法こそがベストだということに思い当たった。一度作品を形にしたらしばらく時間を置き、何人かの信頼できる読者に目を通し意見や感想、解釈をもらった上で、再度確固たる決意と締め切りを用意して集中的に書き直す。それを納得のいくまで繰り返す。これはいわば「消去法」の答えである。僕にはこれしかできない。でも、この答えを出すまでには納得のゆく時間はかけて考えた。そして、これは小説執筆以外にも、あらゆる分野の「作品制作」において適用できる自分にとって最もジェネラルな方法論である。
 このスタイルを貫いている限り、僕は結果を残す自信が持てる。そして、その結果をきっと誰かに渡すことができる。マクロで言えば僕の仕事はここまでということになるのかもしれない。

○「インターバル」について
 オールアウト以外の期間をインターバルと呼ぶことにするとインターバルですべきことは、「オールアウトできる状況を準備すること」になる。具体的に言えば、サイトの運営や小説についての意見を聞いてからアイディアを得たり、退屈な事務作業をこなしておく必要がある。新しい分野の知識について勉強することもあれば、自分の内面を深く掘り下げたり、他の人について想像力を働かせたりする。多種多様な音楽を聴いたり本を読んだりするのもいいだろう。
 また、オールアウトでは大量のエネルギーを消費するため、インターバルでは力を適度に抜いておくことになる。とすれば、陸上のメニューに「200M走+200Mインターバル」も加えてみると、集中力の配分についてより自然な感覚が得られるかもしれない。もし、インターバルに追われたり、反対にインターバルでの準備不足によってオールアウトできない場合は、そもそもやるべきことの量やバランスが適切でないことを疑ってみるべきだ。そのバランスの調整のために、初めて他の人に「仕事を振り分ける」適切な量とタイミングと仕事の種類が見えてくるのではないだろうか。
一人で最大限のオールアウトをするために、インターバルで他の人との協力や支えが大切な要素となる。これで自分の中で、オールアウトをする作家としての面とインターバルをこなす経営者的な面を上手く切り分けられた気がする。

○戦場はどこか
 例えば、小説を書くとき、文章を書いては直しを繰り返していく中でより練られた物語に仕上げていく。それを細やかに何度もできるのは、それがペン(あるいはWord)で作られているからだ。これがもし映画を撮っているのだとしたら、そうも行かないだろう。一度手直しをする度に大きな手間と時間をチーム全体にかけることになってしまうからだ。そのため、映画の基になる脚本という設計書は確固たるものとして完成していなければならない。
 Webサイトをつくる時も同様で、設計の段階では何度も手直しをするべきだが、開発の段階ではなるべく修正はしないに越したことはない。大きな変更があった時にロスする時間も大変なものだ。もちろん現物を見ないと分からないこともあるし、また抜本的な変更を加える決断をする体験からしか得られない知見もあるだろう。だが、問題は「どうすれば良い作品を速く仕上げられるか」である。同じレベルの作品を仕上げられるなら、予算や時間的リソースの問題もあり、短い期間の方が好ましい。一度も完成品をつくらず、設計段階で色々迷っているより、さっさと現物の作成に着手した方が遥かに早いことだって往々にしてある。特にその分野において経験が少ない場合だ。身体が知らないことを頭でこねくり回してばかりだと大抵ろくな結果にならない(恋愛がその最たる例だろう)。だが何度か実際に自分で体験をして、いくらか勝手の知っている状態であれば、色んなパターンを想定したり、確固たる骨組みを仕上げてから行動に移した方が遥かに無駄が無く、完成までに時間がかからなかったりする。それを踏まえて、今後は設計の段階でその完成度を高めてから大きな行動に移ろうかと思う。設計の中では行動を先に行うことは構わない。例えば、プロットがある程度書き次第、実際に小説を書き始めてしまってもいいということだ。それで修正があっても、そこまで大きな迷惑を誰にもかけずにすむからだ。

 以上のこともあり、もう一度机上の設計というものに真剣にフォーカスしてみようかと思う。かつては設計ばかりして行動が疎かになってしまったこともあったが、今は状況が少しばかり違う。
 まず一つ目に、今設計すべき分野はいずれも過去に行動を起こしてその過程や結果についての感触を肌で知っている。「全く知らないこと」というのがほぼなくなった。
 二つ目。設計が中途半端であると、他の人に迷惑をかけたり、自分が惨めな気分になったりすることを体験から学んだ。設計はそれ自体を「作品」として仕上げるべきだ。高い集中力を以て納得のできる時間をかけた上で、見る人を惹き付けるものでなくてはならない。どのような設計がクオリティーの高いものか、その判断基準を感覚がわかってきた。
 三つ目。上でも触れたが、時間をかけるというのは小説と同じく設計においても大切な要素の一つである。実際の行動に移すまでの多くの行程で、長い時間を練り込むことでしか、それを見る人に対して説得力のある設計にすることはできない。今はスケジュールがそこまで過密ではない。イベントはいくらかあるが、それでも以前より設計に割ける時間は増えた。

 行動と設計の二種類のタスクに分けられるが、僕の本業は後者だ。「過去の蓄積によって未来に風が吹く」のであれば、目的は「風を吹かせる」方だ。多くの人に風を感じてもらうことが自分の最たる務めである。過去の蓄積に関しては、設計を練り上げ説得力をもたせるための材料ぐらいの心持ちだ。良質な材料を得るためには良い行動をとるべきだが、それもまた良い設計から生まれるものだ。どちらも大切で、双方的なつながりがあり、一方を疎かにすることはできないが、過去の経験からいっても自分が本当に好きなのは設計の方だ。明らかにモチベーションが違う。設計の方に素質があり、大きな達成感を感じる以上、フォーカスするべきはやはり設計である。脚本家と映画監督は各々得意分野が違うから別の職業に分かれているのだ。
 ということで、僕の戦場は机の上に戻る。

 

寝不足は貧血を招きます

 新しい年の訪れを祝うように青く晴れた空の下、私は駐輪場の面積の不足を主張するかのように雑多に置かれた自転車の群から、自分の自転車を引いて狭い隙間を縫いながら外の道路に出ようとしていた。

 しかし、慣れない早起き(午前10時起床)が招いた判断力の低下のせいか、私の自転車のペダルと停めてあった他の一台の自転車のペダルが接触してしまった。

 するとその自転車は頻繁に訪れる貧血の症状を引き起こした、うら若き、色白き、切なき一人の少女のようにゆらりと左方向へ車体を傾けていった。

 そして、彼女は隣にいた男子に恋の始まりを予感させるような優雅さをもってもたれかかる。その美しき容姿と可憐な立ちくらみの様に、彼の身体は心と同化するように左方向へと傾斜していった。

 そして、彼は隣にいた女子に恋の始まりを予感させるような繊細さをもってもたれかかる。その魅惑的な容姿と可憐なよろけ様に、彼女の身体は心と同化するように左方向へと傾斜していった。

 そして、彼女は隣にいた男子に…(以下、同様)

 私はドミノ式に倒してしまった何台もの自転車を一台ずつ丁寧に起こして元の位置に綺麗に並べていく。寝不足と筋肉痛によりあまりグッドコンディションとは言えない状態であったが、文句は言えない。
 なぜならその元凶を作り出したのは他の誰でもない、私自身だからだ。

 一つ一つの丁寧な仕事の積み重ねの結果として、私は元通りの雑多で大衆的で平和な駐輪場の風景を復元することができた。これは今日一日で私がこの世に為した大きな達成の一つとなろう。だが、それでも決して誰にも褒められることはない。
 なぜならその元凶を作り出したのは他の誰でもない、私自身だからだ。

 このようにして私は悟ったのである。これが「罪を償う」ということなのだと。
 そして大切なのは睡眠であり、睡眠こそが罪を予防するための最大の準備なのだと。

 あけましておめでとう。

ポラリスと流れ星

 夜空を見上げるとき、彼はまずポラリスを探すことにしている。僕たちは常々自分の行き先を見失い、またそもそも行き先を探している自身の細胞も三ヶ月ごとに入れ替わってしまう。だが、その星は不変の灯台として僕たち一人一人の真上に堂々と光り輝いていてくれる。目指すべき未来でもあり、戻るべき家でもある。それがあることによって方角を見失わずに歩き続けることができるし、多少脇道に逸れてもまた元の道筋に戻ることができる。旅人にとっての絶対的指針。

 それを習慣的に見上げていると、不意に星が流れることがある。旅の苦労を労うように、あるいは途中にあるメルクマール的中間地点に達したことへのささやかなサプライズのように。そういう時、彼はひとまず星を掴むことにしている。それらの魅惑的な姿を垣間見せる星たちは、見過ごされるよりむしろ彼に見つかってつかんでもらえることを望んでいるように思える。そういったほのめかしをしてくれた星の頭を優しく撫でるように、彼は肩の力を抜いて夜空に手を伸ばし星をキャッチする。何度か繰り返すと、一連の動作は熟練の職人のようにシームレスに行われるようになった。
 時にポラリスから遠く離れた場所に流れる星を見ることもある。その星は出発点からそれに向かっているのだろうか、それとも遠ざかっているのだろうか。流れ始めた場所は実は大きな問題ではないのかもしれない。問題となるのは、それがどちらに向かおうとしているかについてなのだ。もし遠ざかっているのならば、その星を掴みに走り出しては危険だ。いつの間にか広大な砂漠の上で、あるいは鬱蒼と植物の茂る森の中で、またある時は暗闇に包まれた夜の海において絶対的な指針を見失うことにもなってしまう。迷い星に要注意。
 それを眺めていれば必ず星は降る。だが、それを目指すことを止めて空を見上げることがなくなれば流れる星を見落とし、宛もなく空を眺めているだけではきっと僕らは流れ星を求めてしまう。なぜか流れ星は求めている時に姿を隠す。何か宇宙と人間との間に大きな関係性が、あるいは些細な身振り手振りによる微妙なメッセージの往還がそこには存在するのだろうか。はっきりとはわからない。しかし、実際に旅人たちはそのように証言することが多い。
 何はともあれ、旅人の夜空は旅をすることによってでしか見られるものではない。
John Coltrane Quartet『Ballads』

音楽的嗜好を媒体とした「緩い連帯モデル」の試論――第3回「FoZZLOVE!会」開催に伴って

 先日FoZZtoneという日本のロックバンドが好きな人たちで集うオフ会「FoZZLOVE!会」を開催した。TwitterやLINEなどのオンライン媒体を経由して参加者を募り、多種多様な境遇を持った8名のファンが、池袋の居酒屋で音楽談義と雑談を楽しんだ。おかげさまで非常に愉快でリラックスし、かつ刺激的な雰囲気の中、会はお開きになった。

 形而上的にこの会についての考察をしてみる。
 この集まりの美点は、音楽の趣味で共通項がある一方で、その他の条件に関しての一致はまったく設定されない点にあると思っている。まず、音楽の趣味が合うというのはとても大切なことで、一つの「共通の話題」があるという外形的側面はもちろんのこと、「同じ音楽の趣味を持っている人たちである」という内面的かつ精神的側面においても、一定以上の安心感と一体感が担保される。ベン図で言えば、すべての参加者が一定以上の面積の重複を作り出している状態から話始めることができる。
 同じサークルや職場に属している、あるいは住んでいる地域が近い、ということが理由で集まるのももちろん魅力的なものだ。だが、それらのモデルと本稿が取り扱うモデルで異なるのは、設定されている参加条件を参加者が持つ外部的要素にするか、それとも内部的要素に置くかによる違いである。
 外部的要素を基軸とした集まりの場合は、確かに「共通の話題」が多い。同じ組織や地域に属していると、普段の生活の中で見る景色や、人間関係の近似性が高いからだ。同じ景色を見ている人は、同じ景色について語れる。同じ条件の元で働く人は、同じ立場に立脚した上で、過去や未来を語ることができる。共通の話ができるということは素晴らしいことで、それだけで私たちは自分が一人ではないこと、楽しみや苦しみを共感してもらえる人がいることを確認し、心が安らいだりする。
 しかし、同じ景色を見ていればいるほど、違う景色についての話は現れづらくなってくる。これはもちろん「欠点」と呼べるほど明確な欠如であるわけではないのだが、内部的要素による連帯との対比によって浮き彫りになる一つの「差異」であることには疑う余地がない。それは米国に訪れ、頼もしくはっきりとした自己主張が自然に行える国民性を垣間見た後、日本に戻って互いの隠れた意図を察することを自然に求め合う空気感を色濃く感知することと同型的である。内的要素をとっかかりとして(特にオンラインを経由して)集まった人たちは、自然と外的要素が散けることになる。「FoZZtoneが好きで、彼らの音楽について話してみたい」という理由から、Twitterで応募をしてきてくれた人たちの間において、外的要素が一致する必然性のようなものは少なくとも表面的には一切ない。すると、普段はあまり接することのない職業や趣味や専門分野を持つ人と話すことができる。それでいながら音楽の趣味は合う。
 そして、音楽の趣味が合うと、そうでない場合と比較すると、他の好きなアーティストや個人的趣味嗜好、物事の考え方や、人生に対するスタンス(これは可能性として呈示する)において共通するものが多い。シンプルに言えば、FoZZtoneが好きな人たちは、どこかしら「FoZZtone的なもの(に共感するもの)」を持っている人たちなので話が合いやすい、ということである。それでいながら先述した通り外的要素の共通項は少ないので、「共感できる新しい発見」が多くもたらされる傾向が強くなる。
 オンラインのインフラが完全に普及したこの時代だからこそ、このような「緩い連帯」は生まれやすい。オンラインによって生まれた緊密気味の人間関係や過剰な情報量についての賛否両論はもちろんあるだろう。しかし、それがこと「緩い連帯」の創出において多様な可能性を一般の人々に開放してくれたという点については論を俟たない。私たちは、チャレンジしようと思えばどのような色彩の「緩い連帯」も生成できる環境にいるのだ。
 これからも多くのアーティスト、作家、画家やその他諸々の趣味でつながる「緩い文化」が自然多発的に醸成されれば、さらなる愉快な「インターライン的生活スタイル」が確立されゆくのではないだろうか。

 

人生というのは砂漠のようなものなのかもしれない

村上春樹国境の南、太陽の西』にこのような会話がある。

「誰かの人生というのは結局のところその誰かの人生なんだ。君が誰かにかわって責任を取るわけいかないんだよ。ここは砂漠みたいなところだし、俺たちはみんなそれに馴れていくしかないんだ。なあ小学校の頃にウォルト・ディズニーの『砂漠は生きている』っていう映画を見たことがあるだろう?」

「あるよ」と僕は言った。

「あれと同じだよ。この世界はあれと同じなんだよ。雨が降れば花が咲くし、雨が降らなければそれが枯れるんだ。虫はトカゲに食べられるし、トカゲは鳥に食べられる。でもいずれはみんな死んでいく。死んでからからになっちゃうんだ。ひとつの世代が死ぬと、次の世代がそれにとってかわる。それが決まりなんだよ。みんないろんな生き方をする。いろんな死に方をする。でもそれはたいしたことじゃないんだ。あとは砂漠だけが残るんだ。本当に生きているのは砂漠だけなんだ」

 

確かにそうなのかもしれない。

僕たちは過去の自分が望んだものを手に入れて、成長したとしても、どうせまた足りないものを探してしまう。

だが、既に手に入れたものも、手に入れたいと願うものも、失いたくないと守るものも、結局はすべて残らず消えてしまう。真に生きているのは砂漠だけなのだ。

砂漠から始まり、砂漠に終わる。その途中に色んな生命や出会いや別れや名誉や挫折が生まれ、死んでいく。

砂漠の上のものはすべて後から生み出されたものであり、予め用意されたものではない。

だから僕たちは砂漠で一時的に生まれたドラマを受け入れるべきなのだ。砂漠の上で起こるあらゆる出来事は、映画館で観る観客を引き込ませる魅力的な映画のように、ある種の「作品」と言って差し支えない。

そこで花が咲くのも、花が枯れるのも、いずれも過ぎ去って行くことが宿命づけられたコード進行。

砂漠の上で「完璧」を狙っても、一体それにどのような意味があるというのだろう。僕たちがせめてできることは、砂漠の上で雨が降ったときに咲いた花にまず目を向け、それを慈しみ、雨が降らなくなったときに枯れてしまった花を思い出し自然に悲しむことぐらいなのだ。

たゆまぬ努力は確かに立派だ。その結果得られる勝利もあるだろう。

世界から目を伏せられた幸福に出会うことも、I LOVE YOU.と歌うこともあるだろう。

だが、それはその人が選んだ「砂漠」において花が咲いたということ。

僕たちが立っているのは常に砂漠の上だ。月を目指すのも、泥まみれになるのも、それは僕たちの自由だ。

小論文の練習

 サイゼリヤがイタリアンレストランであることをいったいどれほどの人が認識しているだろうか。少なくとも、私はそれを知らずに今までステーキやハンバーグばかりを注文してきた愚民である。
 ところで、ファミリーレストランにはよくテーブルの上に呼び出しボタンが設置されている。あの装置は実に画期的だ。
 日本人というのは常に空気に縛られ、他人の視線を気にしながら自分の行動を選択する節がある。そのような民族に、周囲に他人ばかりがいる状況で、大きな声を出して店員を呼び止めろと云う方が無理な「注文」である。そのような背景もあり、ボタンを押すだけで店員を呼び出すことのできるあの装置は、全国に普及することとなった。 
 
問題は、「あの装置」の形状である。 

 

どう見ても「おっぱい」なのだ。 

 
本物のおっぱいと違う点と云えば、乳首という名の突起部が削がれていること、そして固いということである。

突起部があって、柔らかいおっぱいを見ると、男性は自身の内部で発生する「突起」と、それが「固くなる」ことに気付くのが常である。

 それに対して、突起部の削がれた、固くて艶のない「おっぱい」(=呼び出しボタン)が、我々男性の「突起」やその部位の「固化」を引き起こすことは稀だ。たとえあのボタン(乳輪?)を押したとしても、我々の「胸」は一切ざわめかない。

 私は、ここに男性によるおっぱいへの固執の元凶を見た。最近の若年層の男性が持つ女性の胸に対するこだわりは、目に余るものがある。その代表的なものが、「巨乳と貧乳への両極化」だ。つまり、「よりおっぱいらしいおっぱい」(巨乳)か、「おっぱいなんていらない」(貧乳)なのである。この二極化が進んでしまったのも、ファミリーレストランにある「不完全なおっぱい」のせいなのだ。若者は、ファミリーレストランに行って注文をする際に、必然的にその「不完全なおっぱい」に触れることとなる。しかし、それは必要悪であり、いくばくかの不全感が無意識のうちに蓄積されることは忌避できない。それにより、「完璧なおっぱいを求める」、あるいは「おっぱいなど必要最低限あればよい」という反動形成が働く。 
 また、ボタンを押すという行為は、押した者のデジタル化を促す。つまり、「1か0」でしか評価や判断を下せなくなるのだ。これも、先の両極化の背景の一面である。   


 このような問題が前景化しつつある今こそ、企業や政府は迅速な対応を求められるのではないだろうか。

僕に足りなかったもの

僕は彼女と別れ、彼女と出会ってから「アウトサイダー」となり、「設計士」となり、「ホワイトホール」となった。

ホワイトホールの作り方もわかり、実際に今その過程だ。

僕個人の物語は完結し、「物語を分ける」という概念を彼に教えてもらった。

そして、僕は遂に「物語を分ける」設計を書いた。

僕は伴奏者だ。僕はChordになる。そのような形で僕の見た景色をみなに見せるのだ。

 

僕はずっと一人だったのだ。一人であてもなく必死に飛び回っていた。

その中で素敵な場所を見つけ始めた。

それに目を向けてくれる人が少なくとも一人はいてくれる。

彼以外の人にも伝える道筋は見えた。

今度は彼ら彼女らに見せてあげるために、必要なものが見つかった。

 

僕に足りなかったのは、音楽だったのだ。

mixiの再現

facebookにてmixiの再現を行う。

あれは一体なんだったのか?ひたすら自己満足に文章を紡ぎ続けたあの活動は読む人にとって一体どのような印象を与えていたのだろう?

決して万人向けの文章ではなかった。しかしリーダブルな文章であったとは思うし、それなりに掬すべき知見も含まれていたと思う。そのおかげで何人かの人は僕の文章に目を通し続けてくれた。たとえそれが極少数だったとしても、その人たちの存在のおかげであの頃の僕は確かに救われたのだ。

 

あのとき、僕は何を書いていたのだろうか?

 

それを模索するためにもまずは過去の文章を流す。

過去を見直さなければ、本当の意味で先へは進めない。

 

追記:

あの頃は、何も自分の世界というものが確立されていなかった。

自分専用の語彙も作っていなかったし、だからこそ文章から良い意味で「専門性」が取り除かれていた。

みんなが使う言葉と同じ言葉で、ねじまがって分かりづらいロジックを必死に説明しようとしていたのだろう。

守るものがなにもなく、人生で最も孤独であった頃、「僕」という個人は紛れもなく天才だったと思う。

もうあの頃のメンタリティーにはどうあがいたって叫んだって戻れない。

しかし、過去を思い返しその中から忘れかけていたものを教わることはできる。

だからまずは過去に自分が書いた文章を筆写してみようかと思う。