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前未来的語り部

懐かしい現在

それでも僕は爆弾を作り続ける

『潔白でいることの代償は 誰かを傷つけるって事だ』

母を損ない、恋人と離別し、余命わずかのクライアントとの仕事を解消した。

面倒を見て育ててくれた会社からは脱落し、大学生活を豊かにしてくれたサークルからは蒸発した。

進学校に通って来て大学にも入れたがそこを中退し、その理由にもなった、多少なりとも期待を受けて設立した株式会社も結局は解散した。

 

僕は僕のやりたいことをやってきたつもりだ。僕の向かいたい方向を真剣に探し続けて来た。

それは果たして正しいことだったのだろうか?

 

こうやって振り返ると、僕は無意識にも周りをひっかき回す質なのだろうと思う(悲しいほどに母らしい)。

それは人を傷つけ、裏切り続ける旅にならないだろうか。

 

僕はおそらく、人に希望や、物語や、新しい風を与えることができる。

だが、それを無に帰させてしまう可能性も常に孕んでいる。

僕が人々に与えられるのはあまりに不確かな希望だ。

 

確かにそのような形でも誰かの記憶に残ることはだろう(「誰かの記憶に残ること」は僕の人生の至上命題である)。

だが、そのような「欠如や失墜の記憶」を人々に与え続けて、僕は一体どこへ向かえばいいのだろうか。

どうやら「社会不適合者」という使い古されたレッテル一つで片づけられるほど事態は単純ではないらしい。

 

今までずっと『今に見てろって部屋にこもって 爆弾を一人つく』っていたつもりだが、実はそもそも僕自身の存在が既に爆弾なのかもしれない。

爆弾が人々の記憶の中に問題なく美しく残るには、花火になって夜空に打ち上がるしか方法はない。

最悪なのは地上で周囲に人がいる状態で暴発することだ。

それを避け、これまで暴発に巻き込んでしまった人たちのためにも『僕は戦う

つまりそれが僕等にとって唯一の免罪符』だ。

 

youtu.be

「非LINEユーザー」という選択

「LINEというアプリに登録しない」というのは一つの権利である。
 喫煙を例にとれば分かりやすい。喫煙者だろうと非喫煙者であろうと、等しくその選択は認められるべきであり、それはその人の生活スタイルなのだ。互いにマナーを守り、共存し合うためのささやかな努力の積み重ねがあれば、どちら側の人間も愉快に暮らすことは可能である。
 LINEにおいても、その命題が真であることは自明なはず。ただ、現状において足りないのは「名前」だ。名前がないからこそ概念の輪郭が曖昧になり、「空気」によって状況が支配されてしまう。私たち人間は語彙の創造によって、概念をコントロール可能にしてきた歴史がある。その歴史に少しばかり色を塗り足してみよう。
 LINEをやっている人のことを「ONLINE」、LINEをやっていない人のことを「OFFLINE」と呼ぶこととする。
 違いはただ「ON」か「OFF」なだけである。そこには上下関係も人間的資質の優劣も時代の先行性も存在しない。
 二つの差は、純粋なる選択の差である。
 「佐郷さんはLINEやってますか?」
 「あ、僕はOFFLINEなんです。メールでお願いします。」
みたいな会話が自然に行われるべきであるが、近頃は皆が何にも考えずに「LINEを連絡手段として使うのが、現代人の常識」みたいに思っているため、
 「佐郷さんのLINEIDを教えてください。」
 「僕LINEやっていないんですよ。」
 「珍しいですね〜」
のような空気感が生まれるのである。
 「私はOFFLINEなんです」
 この一言で、「LINEをやっていない時代遅れな人」というニュアンスでなく「私はLINEをしない選択をしている人なんです」という積極的なメッセージ性が生まれる。そして、これまでONLINEだった人がLINEを辞めることを「断捨LINE」と呼ぶことにしたらどうだろう。
 「LINEを辞める」というのは、人間関係においてリスクを負う積極的かつ明白な決断であるからして、
 「おれ、断捨LINEします。これからはメールかメッセージでの連絡をお願いします。」
という定型文が必要となることは畢竟だからである。
 そもそもONLINEの人は、久しく「LINEがない=OFFLINE」の景色を見ていないから、それを忘れているか、あるいは最早若年層の場合その景色を知らないことがあるかもしれない。LINEのような極めて「湿度の高いコミュニケーションツール」がこれほどまでに人口に膾炙しているのは日本のみという話もある。
 それだけ「LINEをスマホユーザーのほぼ全員が登録している」という状況は「異常」な状態とも言えるのである。
 もちろんそれが「間違っている」と言っているのではない。LINEという湿度が高いからこそ生まれる親密な関係やグループなども存在することは喜んで認める。
 しかし、それをあたかも当然のコミュニケーション方法と認識していることに関しては疑義を呈せざるえない。
 ONLINEによって人間関係に絡み取られ、身動きが取れなくなっている10-20代の若者は実は結構多いのではないだろうか。
 LINEに登録していると抜けられなくなるし、返事をこまめに返さなくてはならないし、登録をしていないとLINEをしていること前提で対面コミュニケーションが進み輪に入りづらい。
 そのような問題が、特に学校生活という閉鎖性の強い空間では起こる可能性が高いのではないだろうか。
 最近になって「夫婦同姓か夫婦別姓かは、特別ではなく、公正な選択である」という空気ができてきたように、「LINEをするかしないかも公正な選択である」という文化になれば、救われる者も多いのではないだろうか(あと、湿度が低い人間が増えて、総体としての独自性が増すため、クリエイティビティーは増すだろう)。
 また、ONLINEの人は一時的にでも「断捨LINE」をしてみて、OFFLINEの景色を見てみるのも、大変今後の人生の糧になるかと思うので、そういうリスクを負える人にはオススメする。
 将来を担う若い人たちのためにも、「断捨LINEしてOFFLINEになる」という選択肢が自由に取れるような空気を、私たちLINE先行世代が残してあげられたら素敵だと思う。

春樹を読みながら開発はできない

なるほど、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだり、上原ひろみ『Haze』を聴いて、自己の深いところまで潜りセンシティブになっている状態で、プログラムでの開発なんてできないんだ。

プログラミングという行為は、システムに特化した行為であり、物語やら音楽に浸って感性を鋭くすることとはまるで対極に位置するものだからだ。

それはたこわさを肴にしてボウモアを飲むようなものであり、雨の降る公園で恋人とバドミントンをするようなものである。

二つの事象は決して両立はせず、僕はどちらかに没入し続けるか、あるいはその日ごとにどちらの自分でいるかを選択しなければならない。

もちろん最もクリエイティブな開発(いや、それはもう「開発」とは呼ばない)は感性が鋭くなっている状態に訪れることもあるし、そういうときはクラゲのように力を抜いてその抗し難い海流に身を任せればいい。

だが、アイディアはすでに固まりあとは手を動かせば良い、という段になったときはこの限りではなかろう。

非常に悔しいことだが、僕は尖った感性を鞘に仕舞い、「スターバックスMacを開く人間」にならなくてはならないのかもしれない。

あるいは、いつか「スターバックスMacを開く人間」にならないでも多くのプロジェクトが進んでいく環境を手に入れるために、今は守りのラリーを続けるべき時期なのかもしれない。

どれほどのトップテニスプレーヤーでも、必ずゲームの中でしっかり我慢して守りのラリーを続けなければならない局面というのは来るものだ。終止守りでいればいいというわけではないが、そのうち来る攻めの局面をつくるためには自分のやりにくいプレーを強いられることも受け入れるべきなのだ。

僕は今あまりに自由な身でいる。だから、感性がソフィスティケイトされる一方で我慢ということを忘れがちである。

もう一度、守りの戦い方というのを思い出そう。だが、それは決して難しいことではない。

一時的に、かつての自分に戻るというだけのことなのだ。

 

「めんどくさい」の解法

めんどくさい。めんどくさい。めんどくさい。

どういう機能になってほしいとか、どんなデザインになってほしいとか、もう見えているのに、いや、見えているからこそそれを実装するのが面倒で仕方ない。

なんで、僕がやらないといけないのか?

そうだ、お金を払って誰かにやってもらおう。くそ、格安で誰かやってくれよ。


めんどくさい。一つ問題点が思い当たるとすれば、僕は今「WEBアーティスト」でないということだ。

色んな分野の能力を上げる「ダ・ヴィンチ」なのである。これをやっているとどうしてもWEBなどの「座学的作業」が面倒に思えてきてしまう。

というかたぶんプログラム以外が忙しいのだ。
ボーカル、ピアノ、バドミントン。時間的には別に他のものをやることはできる。でも脳みその領域が別のものに取られてしまっている。

そして、そもそも休みがないし、気分転換もない。それがある種の閉塞感を作り出しているのかもしれない。

僕がやるべきことは、なんだろう。
多面的に見れば、ボーカルとピアノとバドミントンは並行して両立できているということである。そして、これらの共通点はすべて「身体的活動である」という点にある。

一方、文章やプログラムや絵は極めて「座学的活動」である。


おそらく僕は「身体を動かす」か「脳を動かす」かのいずれか一つしか、ある期間内に集中して取り組めないのだろう。

「身体を動かす日」と「脳を動かす日」と「何も動かさない日」というのを設けて、はっきりと区分する。

つまり、何かを捨てなければ何かは得られないのだ。ただし、何かを捨てたときの集中度は平均的な人の集中力を遥かに凌ぐ。

細かい調整具合はよくわからないけれど、ひとまず歌やピアノや運動など刺激の強いものを一度すべて休む状態を作り出すべきである。

今日は歌わないし、ピアノを弾かないし、素振りもしない。

僕の場合は「何かをしない」というのが重要な選択なのかもしれない。

確かに毎日練習できないことが落ち度になりそうな気もするが、短距離型なのであれば、2日に1回集中して練習すればいいだけのこと。むしろその方が休息を挟めるので健全でいられるし、意識の切り替えもはっきりして思い切り各分野に集中できる。

いやあ、400字程度の文章を書いただけで楽しくなって来た。

それにしても陸上をやっていて本当によかった。コンディションニングや休息意義、人間の身体の成長の速度や練習の頻度などの感覚を一通り知る事ができたから。

これがなければこんな複雑なことをやろうとしているときに、内面のコントロールをすることなんて到底できなかっただろう。

ありがとう、陸上競技

 

 

音楽とハンチング

「もう降参だよ」

「分かった、じゃあ1枚よこせ」

こんなルールは不公平だと分かっていながら、僕は彼に圧勝し少しばかり金を儲けた。

卑怯だと言われようとなんだろうと勝てばいい。そういう競争的原理の元に身を置いている。

人はそれを無慈悲だとか非人情だとか、卑近な語彙で言えば「クズ」と呼ぶ。だが、それは、負け犬の遠吠えというもの。

ルールを熟知し、それを魅力的に運用できたものが報酬という名の果実を得る。

だが、僕の心の中にも人情という恥部が存在している。現実、いや、僕を覆う腐敗したガスは息をするだけでどうしても肺の中に取り込まれ、恥部に刺激を与える。

そういった現実の馬鹿な空気に対する防護服とでも言うべきもの。それは音楽とハンチング。

 

音楽と、ハンチング。

 

僕はこれらによりガスから守られた。

近所のファーストフード店は、そのガスにまみれて、小綺麗なオープンカフェのような改装を施した。駅前の個人経営の本屋は継承者の不在によりなくなってしまったが、そのあとにできたのはどうでもいい匿名的なファミリーレストラン。そしてとてつもなく気持ちの悪い平均的でのっぺりとした作風の複合商業施設。

 

あらゆるものがガスに侵されていく。

 

時代の変化?治安の維持?大衆の欲望の趨勢?

 

じゃあそれがすべて間違った方向に向いているのだとしたら?

 

正しい方向に導いてくれるもの。

音楽と、ハンチング。

 

佐々木の部屋

新聞の広告欄を見て尋ねた「佐々木の部屋」。そこには何人かの「ささきさん」がいて、その中から一人を選ぶのだ。

 

①クリエイティブなささき

②怠惰なささき

③スポーティーなささき

④ブリーダーなささき

……

 

私は、①を選んで番号に丸をつけ、受付の女性に提出した。

5分後、私の名前が呼ばれ、①の部屋に入った。そこには丸いテーブルが一つ置いてあり、一人の男がコーヒーを飲みながら私に笑いかけ、席に座るよう合図された。

 

そこで目が覚めた。

私は精神病を患いながらもなんとか塾講師を続けている。

今日は佐々木が教室に来る予定の日だ。彼の担当している生徒はあまりに多い。ある時は成績優秀にも関わらずクラスに馴染めない中学男子。ある時は、思春期のまっただ中、恋に恋した騒がしい女子高生。ある時は、勉強が嫌いでチェスにしか興味が湧かないという小学生の男の子。

僕は彼らが佐々木の授業を受けている時の目の輝きを見て、寒い日に遭難している時、小さな明かりのついた小屋を見つけたときの人の表情を思い浮かべることがある。

どこからどこへ行けばいいのか。それが見えなくなった者にとっての止まり木のような男である。

やがて、講師の中でも彼に相談を持ちかける者が現れ始める。彼の「わかる」は大人だろうと子供だろうと関係がない。わかる者はわかるのだ。

ブースの机に散らばった消しゴムのかすを無駄のない動きで手早く集めてゴミ箱に捨てた後、彼は年下の大学生講師の男と話始めた。

「あの後どうなった?」と佐々木。

「うまくいきました!彼女は完全には納得していませんけど、分かってはくれたみたいです。」大学生講師が答える。

「そうか、それはよかった!また何かあったら言ってね」

「それなんですけど、今度はまた別の問題が…」

 

佐々木の部屋には、人が尽きない。

 

 

 

違う響きを求めて

素晴らしい文に出会った。

 

村上春樹『雑文集』の中にある『違う響きを求めて』というエッセイだ。

 

全文を引用する。著作権なんて知った事か。

 

 もともと小説家になろうというつもりはなかった。少なくとも二十九歳になるまでは。これは正直な話だ。

 子供の頃からたくさん本を読んできたし、小説の世界にはまりこんでいたから、ものを書きたいという気持ちがなかったと言ったら、それは嘘になるだろう。しかし自分に小説を書く才能があるとはどうしても思えなかった。僕が十代に愛好した作家はたとえばドストエフスキーであり、カフカであり、バルザックであった。そんな人々があとに残してきた作品に匹敵するものが自分に書けるなんて、とても考えられない。だから僕は人生の早い段階において、小説を書くという希望を抹殺してしまった。本を読むのは趣味にしておけばいい。仕事は別の分野で見つけよう。

 結局音楽を職業として選ぶことになった。働いてお金を貯め、親戚や友人から借金をしまくり、二十代半ばで東京でささやかなジャズ・クラブを開店した。昼間はコーヒーを出し、夜はバーになった。簡単な食事も出した。いつもはレコードをかけ、週末には若いジャズ演奏家を呼んでライブをおこなった。それを七年ばかり続けた。どうしてか?理由はとても単純なものだった。そういう仕事に就けば、朝から晩までジャズを聴いていることができたからだ。

 初めてジャズに出会ったのは一九六四年、僕が十五歳のときだ。その年の一月に、アート・ブレイキージャズ・メッセンジャーズが神戸にやってきて公演したのだ。僕は誕生日のプレゼントがわりに、そのコンサートのチケットを手に入れた。ジャズという音楽をまともに聴いたのはそれが初めてだったが、僕はまるで落雷にあったたとうに打ちのめされてしまった。ウェイン・ショーターのテナー、フレディ・ハバードのトランペット、カーティス・フラートロンボーン、そしてアート・ブレイキーの率いる小気味良くてソリッドなリズム・セクション。素晴らしいバンドだった。ジャズの歴史の中でも、もっとも協力なユニットのひとつだったと思う。そしてこう思った、「ワオ!こんなすごい音楽は今までに聴いたことがないぞ」と。僕はその瞬間からすっかりジャズにのめり込んでしまった。

 一年ばかり前にボストンで、パナマ出身のジャズ・ピアニストのダニロ・ペレスと夕食をともにする機会があった。その話をすると、彼はポケットから携帯電話を取り出して、「ハルキ、ウェイン(・ショーター)と話をしたいか?」と僕に尋ねた。「もちろん」と僕は、ほとんど言葉を失いつつも言った。彼はフロリダの電話番号を押して、電話を僕の手に渡した。僕がそこでミスタ・ショーターに言ったのは基本的に「ワオ!あんなすごい音楽はそれまで(そしてたぶんそのあとも)聴いたことがなかったですよ」ということだった。人生は不思議なものだ。何が起こるか見当もつかない。四十二年後、自分が(予想に反して)小説家になり、ボストンに住んで、ウェイン・ショーターと携帯電話で話をすることになるなんて。

 

 二十九歳になったとき、小説を書いてみようと出し抜けに思った。自分にも何かが書けそうな気がしたのだ。もちろんドストエフスキーバルザックに匹敵するものが書けるという見込みはなかったが、それでもまあいいじゃないか、と僕は自分に言い聞かせた。何も文豪になる必要はないんだ。しかし小説を書くといっても、いったい何をどのように書けばいいのか、見当もつかない。それまでに小説を書いた経験がなかったからだ。もちろん自分の文体というようなものの持ち合わせもない。小説の書き方を教えてくれる人もいなかったし、文学を語り合えるような友人も持たなかった。ただそのときに思ったのは、「もし音楽を演奏するように文章をかくことができたら、それはきっと素晴らしいだろうな」ということだった。

 小さい頃にピアノを習っていたから、楽譜を呼んで簡単な曲を弾くくらいならできるが、プロになれるような技術はもちろんない。しかし頭の中に、自分自身の音楽のようなものが強く、豊かに渦巻くのを感じることはしばしばあった。そういうものをなんとか文章のかたちに移し替えることはできないものだろうか。僕の文章はそういう思いから出発している。

 音楽にせよ小説にせよ、いちばん基礎にあるものはリズムだ。自然で心地よい、そして確実なリズムがそこになければ、人は文章を読み進んではくれないだろう。僕はリズムというものの大切さを音楽から(主にジャズから)学んだ。それからそのリズムあわせたメロディー、つまり的確な言葉の配列がやってくる。それが滑らかで美しいものであれば、もちろん言うことはない。そしてハーモニー、それらの言葉を支える内的な心の響き。その次に僕のもっとも好きな部分がやってくるー即興演奏だ。特別なチャンネルを通って、物語が自分の内側から自由に涌きだしてくる。僕はただその流れに乗るだけでいい。そして最後に、おそらくいちばん重要なものごとがやってくる。作品を書き終えたことによって(あるいは演奏し終えたことによって)もたらされる、「自分がどこか新しい、意味のある場所にたどり着けた」という高揚感だ。そしてうまくいけば、我々は読者=オーディエンスとその浮き上がっていく気分を共有することができる。それはほかでは得ることのできない素晴らしい達成だ。

 このように、僕は文章の書き方についてのほとんどを音楽から学んできた。逆説的な言い方になってしまうが、もしこんなに音楽にのめり込むことがなかったとしたら、僕はあるいは小説家になっていなかったかもしれない。そして小説家になってから三十年近くを経た今でも僕はまだ、小説の書き方についての多くを、優れた音楽に学び続けている。たとえばチャーリー・パーカーの繰り出す自由自在なフレーズは、F・スコット・フィッツジェラルドの流麗な散文と同じくらいの、豊かな影響を僕の文章に与えてきた。マイルズ・デイヴィスの音楽に含まれた優れた自己革新性は、僕が今でもひとつの文学的規範として仰ぐものである。

 セロニアス・モンクは僕がもっとも敬愛するジャズ・ピアニストだが、「あなたの弾く音はどうしてそんなに特別な響き方をするのですか?」と質問されたとき、彼はピアノを指さしてこう答えた。

「新しい音(note)なんてどこにもない。鍵盤を見てみなさい。すべての音はそこに既に並んでいる。でも君がある音にしっかり意味をこめれば、それは違った響き方をする。君がやるべきことは、本当に意味をこめた音を拾い上げることだ」

"It can't be any new note. When you look at the keyboard,all the notes are there already. But if you mean a note enough, it will sound different. You got to pick the notes you really mean!"

 

 小説を書きながら、よくこの言葉を思い出す。そしてこう思う。そう、新しい言葉なんてどこにもありはしない。ごく当たり前の普通の言葉に、新しい意味や、特別な響きを賦与するのが我々の仕事なんだ、と。そう考えると僕は安心することができる。我々の前にはまだまだ広い未知の地平は広がっている。開拓を待っている肥沃な大地がそこにはあるのだ。

 

ーーFoZZtone『口笛男』を聴きながら 

 

お題目

「小さな自分の世界をつくれ」

「身体を信ぜよ」

「一瞬あとのイメージを持て」

「面白くあれ」

「Pieacenize」

「南無真如一如大般涅槃経」

「余裕を持ってジャズれ」

「笑顔の余韻をつくれ」

おすすめ家計簿アプリ〜毎日家計簿

みなさんは自分のお金の収支をどのように管理しているのでしょうか?

僕の場合は、ずぼらでめんどくさがりやな性格かつ浪費家でもあるので、便利なスマホアプリに頼りつつなんとかやりくりしています。

使っているアプリの名前は『毎日家計簿』と言いまして、非常に使いやすいので紹介します。

一般的に家計簿アプリというのは恐らく以下に2パターンに大別されます。

①内容は堅牢で機能が多いが、使用する目的に比べて機能が多すぎたり操作が難しい「玄人タイプ」

②操作は簡単なんだけど、機能が簡潔すぎて必要な情報にまで手が届かない「素人タイプ」

しかし、この「毎日家計簿」というアプリは「操作感にまるでストレスがないにも関わらず、内容や分析は非常にしっかりしており、カスタマイズもしやすい」という代物です。

操作がスムーズでないソフトは全然継続できない僕でも、今のところ使い続けることができています!

お金を使ったときの記録の手軽さや、月ごとの収入と支出の内訳、カテゴリーのカスタマイズのしやすさなどなど、利点が多々あるので、お金の管理にお困りの方は是非インストールしてみてください(^o^)

 

今年一年の抱負画を描いてみました

創造の源泉「スターバックスのマグカップ」とその先に待ち受ける綺麗な花達。

これまでは直線で遠くまで行くことを考えていたけれど、今年は螺旋を登っていけたらと思う。

焦らなくていいんだ。同じところに戻ってきてもいいんだ。

色んなことを楽しく踊れていれば、景色は一段一段高くなっていくはずだから。

 

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