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前未来的語り部

懐かしい現在

「デスノート」の知的効用

デスノートというのは「命がけで頭を働かせる論理ゲーム」を描写している漫画であるからして、読めば頭の回転が速くなり、ワーキングメモリーが増強され、論理的思考能力が向上するのは至って自然のことである。

スポーツが上手い人のプレーを見た後だと、自分のプレーも無意識の内にそれを模倣するため、パフォーマンスレベルが高まる。

デスノートを読むこともそれに近い。頭の良い人の思考に疑似体験を持って触れることができれば、自分の頭の働き具合も少しはマシになる。

一般的に言えることとして、頭を良くしたいなら頭を使う作品に触れることだ。読みやすい新書やスマホサイトよりは、分厚い哲学書や専門書を読んだ方が遥かに思考能力は鍛えられる。初学者向けの専門書や、社会問題に触れた文芸書などでも十分だ。複雑で専門性の高い事柄を理解しようとする習慣が身に付いていると、頭の構造もそれに合わせて進化していく。

筋トレを考えればその仕組みについては容易に理解できる。重いものを持ち上げることが習慣になっている人の肉体は進化していく。軽いものを持ち上げているだけの人の肉体は頭打ちになる(重さだけに着目した場合)。頭も同じ事だ。

だが、文字だけの書籍とデスノートとでは、若干脳に与える効能の種類が異なるのではないかと思っている。。

前者、すなわち前述した専門書や文芸書などは、思考能力やワーキングメモリといった「基礎知力」は鍛える。一方思考のスピードやそれらの実践的な使い方などといった「応用知力」を習得するには後者デスノートの方が向いている。

ある一定の思考能力の基盤を身につけたあとに読むデスノートは、思考の実践的な使い方やそのフォームを学ぶにはかなり良い教材になるのだ。なんせ夜神月とL、あるいはニアとメロとの戦いは、一般的な少年漫画の力や情熱、スポーツの能力などと違い、完全なる知性によるものであり、それが命がけで行われるからである。プロットとしても破綻がなく精緻な構造の上に成り立っている。それは間違いなく知性を実践的に使っているのだ。だから、座学だけの知力とはまた違った応用力がつくのである。

ただし、デスノートだけを読むだけではやはり不十分である。確かに頭の働かせ方の概要については分かるかもしれないが、特定の分野の専門知識が得られるわけではないし、しようと思えば流し読みをすることもできてしまう(第二部のニアとメロとの戦いにおいては、理解できない部分が多いがために飛ばし読みが増え、その結果第二部全体への評価も下がる、という結果にもなっている節がある。第2部も十分面白い)。漫画は絵があるが故に飛ばし読みや流し読みができるので、基礎知力がない状態で読んでもデスノートから得られる効用は減ってしまう(楽しむことならできる)。

しかし、文章だけの書籍については漫画ほどは流し読みができない。しっかり文字だけで理屈を追わなければその本を読むこと自体が不可能となる。専門性の高い内容ならなおさらだ。だから、基盤となる「基礎知力」(筋力と言ってもいい)を得るには、文章のみの書籍を読むのが好ましい。

結論としては、頭を使う文章に触れて頭の構造自体をレベルアップさせてから、デスノートを読んでその思考能力の実践的な使い方を知れば、今までとは違った世界が見えてくる、ということであろうか。

だからといって、新世界の神にはなれないが。