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前未来的語り部

懐かしい現在

コーヒーと羊

僕はゆっくりと小屋のベッドから起き上がった。やることは何もない。なんせここは北海道の人里離れた山の中にある一つの小屋の一室なのだから。やるべきことはないし、やりたいこともない。何かを誰かに要求されることもない。これを自由と呼べるのだろうか。

ベッドから降りて少しきしんだ音のする階段を下って行き、リビングのソファに再度横になる。再び寝る。そこで不思議な夢を見る。

空を飛んでいるようだ。天気は良く、風が心地よい。ずっと下には自分が住んでいた街が一面に広がっている。ふと行きつけの喫茶店に行きたくなった。急降下し、物音と衝撃一つなく、入り口の前で着地する。扉を開けるとそこにはまるで爆撃を受けたあとかのような、凄惨な風景が広がっていた。テーブルやいすはぼろぼろにくずれ、棚の上にあるコーヒーカップはひとつ残らずくだけてしまっていた。かろうじてカウンターは原型を留めてはいたが、形があるものといえばそれだけだった。しかし、一杯のコーヒーがカウンターの上に用意されているのを見つけた。それはいつものブレンドコーヒーだったしいつもの味だった。

僕は目覚めた。窓のブラインドの隙間から太陽の光が縞模様になって僕の身体に降っていた。起き上がり、コーヒーを作ってそれを飲むと夢の中のコーヒーと同じ味がした。喫茶店のブレンドコーヒーとは違う豆のはずだが、そのとき僕にとってコーヒーといえば世界にその一つだけの味しか存在しなかったのだろう。

飲み終わると窓の外の広大な草原を眺めた。そこには羊が一匹いて、それは質のよいアイディアが脳内で発火するように僕の網膜を刺激した。黒くて、背中には星の形が描かれた羊だ。遠くからやってきた風が羊の存在を際立たせるように不気味に通り過ぎて行った。

僕は猛烈に気持ちが悪くなり、洗面所にいって吐いた。さっき飲んだコーヒーもその中に含まれていたので吐いたものは全体的に黒色だった。